長い冬の一日 ペンギンフェスタ2012 競作部門 参加作品

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一・進出停滞

 あたしは『長い冬』の中にいた。
 そういうことになる運命だったらしい。
 あたしの直系の、二十四代前のおばば様の占いプログラムが、あたしのメモリーサーキットの片隅でそう告げている。
 あたしが置かれた状況は全くその通りで、その占いに間違いはこれっぽっちもなかった。

 あたしは今、オリオン腕の片隅にいる。
 あたしはそこで重要な任務を遂行しようとしているのだけれど、かれこれ十七クール程の時間、暇を持て余している。こんなに長い時間、何もしなかったことはあたしのメモリーサーキットにも記録されていない。
 要するに全く仕事をしていない、いや、全く仕事が進まない訳で。進めてはいけない状況だと言った方が精確だろうと思う。この状況を打開するには、あたし一人の力ではどうすることも出来なかった。というより仕事を進める分野が違っていたのだ。
 だから、あたしは躊躇することなく応援を呼んだ。
 ただ予想外だったのは、あたしの応援に誰が来るかということだった。その時のあたしに、そんなことを考える余裕は全く無かったけれども。

 あたしの応援に来るヒトの名前を聞いて、あたしはビックリした。まさかと思った。信じられないとも思った。
「嘘でしょ」
 それが、名前を聞いてあたしが思わず返信してしまった言葉だ。
 確かにあのヒトはこの種の仕事のスペシャリストだ。このヒトが来ないと仕事が進まないのだが、あたしが驚いた理由は、実はそれだけではない。
 そのヒトはあたしの憧れだったヒトで、それと同時に遠い昔に諦めたヒトでもあったから。
 名前を『オンジュン』という。
 あたしのメインメモリはスッカリ忘れていたのだが、あたしの身体の奥にあるメモリーサーキットがそのことを忘れてはいなかったのだ。それが残念なことなのかどうかは、あたしでは判断出来ない。ただそのことを考えると身体の温度が上昇してくることを、温度センサーがしっかりと正確に捉えるのだった。
 確かにあたしは待っていた、『オンジュン』がここにやってくるのを。

 ガコーン。

 ホントは宇宙空間だから音波なんか伝わらないはずなのに、あたしの聴覚センサーにはそんな音が聞こえた気がした。
 あのヒトがドッキングして、あのヒトとあたしのサーキットがつながる。
 懐かしい周波数と優しい電流と逞しい電圧の信号が流れてくる。
 あたしはなんとも言えない気分になった。
「久しぶりだね、ヴィクトリア。元気だったかい?」
 あのヒトはやさしく信号をあたしに送ってきた。
「えぇ、お陰様で。貴方はどうなの、オンジュン?」
 あたしはつい、上擦った電圧の信号で送信してしまったことを恥ずかしく思った。
「僕はいつだって元気さ。この元気で君の仕事が早く進むように頑張るよ」
 あのヒトの信号は、あたしのサーキットに無理矢理流れ込み、忘れてしまったと思っていた事柄を収めたメモリーサーキットに大電流を流したのだった。
「嬉しいわ」
 あたしは、過電流を抑えながらこんな風に信号を返すのが精一杯だった。


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