長い冬の一日 ペンギンフェスタ2012 競作部門 参加作品

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十二・撤退

 あたしは初めて、異種の生命体と接触した。
 それはそれは、短い時間ではあったけれど。
 それはそれは、実に不思議な経験だった。
「僕も初めてだよ、残存生命体に遭遇したのは」
 オンジュンも興奮冷めやらぬ状態だった。
「生きてたのねぇ」
 あたしはしみじみと感想を漏らす。
「生きてたんだよ」
 オンジュンもしみじみと呟いた。
「あの生命体が、NNSを築いたのかな?」
 素朴に疑問があたしの思考回路から出てきた。
「そうじゃないと思う。生命体のサイズが違うから」
 オンジュンは、その分野の専門家らしく冷静に答えた。
「それじゃあ、あの流線型の生命体がNNSを築いた生命体を駆逐したのかな?」
 あたしのとんでもない思考結果に、オンジュンはひたすら真面目に答えた。
「どちらかと言えば『NNSを築いた生命体が自滅した』というシナリオの方が納得がいくね」
「ふーん、それで自動的にあの流線型の生命体のパラダイスになっていると?」
「そんなところかな」
 あたしは考えたことがなかったが、生命体の興亡はドラマティックな現象であることをメモリバンクに刻み込んだ。
「あの流線型の生命体があの惑星を再生してくれるといいわね」
「そうだね」
 あたしとオンジュンは、優しい信号を送り合った。

 その後、あたしとオンジュンはこの探査結果をチームに報告をした。
 オンジュンは専門だから判っていただろうけれど、専門外のあたしでも予測はついた。
 チームからの指示は、やはり『撤退』だった。
「当然の結果だよ。僕の経験でも二度目の『撤退』だけどね」
「あたしは初めての経験よ」
「だね。いい経験だよ。これからまた経験するかもしれないしな」
「え? それはどういうこと?」
「あれ? 指示書を最後まで読んでないのかい?」
 あたしは慌てて指示書をもう一度閲覧した。
「最初の項目には『撤退』以外には何も書いてないわよ」
 オンジュンは舌打ちした。
「ちゃんと最後までサーチしたかい、補則の付則まで?」
 あたしはもう一度、指示書を確認した。
 あった。
 指示書の一番最後に、小さな文字で『補則の付則』があった。
「こんなところに小さく書いてあるんだもん、分かる訳がないわよ!」
 あたしはムカッと来て、電圧を上げてしまった。
「まぁまぁ、そんなに怒るなよ」
 オンジュンは優しくなだめてくれた。

「補則の付則・第一条 その宙域全ての恒星系探査はヴィクトリアとオンジュンのコンビに一任する」
「補則の付則・第二条 可能であれば、二人共同で『インゴット』を制作すること」

 あたしは身体の温度が上がったことをセンサーが感じ取った。
「やだ、これ。恥ずかしい」
 オンジュンはニヤニヤした信号をずーっと送り続けていた。
「これからよろしく、ヴィクトリア」
 オンジュンの言葉に、あたしの温度は更に上昇した。
「指示なんだから仕方がないわね、もう!」
 あたしは一生懸命に誤魔化して、大電流が流れるのを押さえるのに精一杯だった。

 程無くして、あたしとオンジュンは四・三七エレヤー先の恒星系に向けて発進した。
 こうして、あたしの『長い冬』は終わりを告げた。


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