長い冬の一日 ペンギンフェスタ2012 競作部門 参加作品

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十一・海と生命体

「最後に、下層に液体のDHMOが存在する地点のプローブだ」
 オンジュンが嬉しそうに、イソイソと制御していた。
 あたしは少し不思議な感じがした。
「どうして、この液体のDHMOが存在する地点が一番最後の探査目標になるの? さっきのNNS最多最高反応地点がメインじゃないの?」
 オンジュンは鼻でふふんと笑った。
「我々と同じだよ」
 オンジュンの言葉に、あたしはまた疑問を投げ掛けた。
「え? どういうこと? 全然解らないわ」
 オンジュンはニヤリとした。
「我々だってDHMOを必要としているだろ。違うか?」
 あたしの思考回路の動作周波数が跳ね上がった。
「あ、解ったわ! そういうこと! 炭素系生命体も液体のDHMOが必要なのね」
 あたしの言葉に対してオンジュンは心地良い信号を送り返してきて、その意味をあたしに解らせてくれた。

「このプローブも特殊仕様になっている」
「また、発熱体が装備されているの?」
「いや、そうじゃない。液体中でも移動出来るようにハイドロジェットが装備されている」
「はいどろじぇっとぉ?」
「液体を吸い込んで、進行方向とは逆向きに噴射する装置だ。反作用で液体中を進行方向へと進む訳だ」
「ふーん」
 このプローブにもスコープが装備されていたので、DHMOの液体の中を進む様子をオンジュンがモニタリングしてくれた。
「暗いわね。ほんの少し青い光が届いている程度」
 あたしは、神秘的な世界の画像を食い入るように観察した。
「固体DHMO層が二十メル程度だからね。主星の光が辛うじて届いている。それにしても、この液体中に溶解している物質の量が半端じゃないな。特にNaClはヒドイもんだ」
 オンジュンがいろいろと教えてくれるのだが、あたしにとっては門外漢のことだから、聞いていても理解するのが不可能だった。それでも、オンジュンがボルテージを上げてワクワクしている姿を見ていると思考回路がほんわかとしてくるのだった。

 その時だった。
 プローブの画面が、ガクンと大きく揺れたのだ。
「どうしたの? 何があったの?」
 あたしはオンジュンに問い掛けた。
「解らない。外部から力が加わったことだけは確かだ。油断したなぁ、レディオスコープを動作させるのを忘れてたよ」
 昔から正確無比だったオンジュンが忘れモノをするなんて、あたしは思考回路の片隅で微笑んだ。
「僕だって、間違うことはあるさ……」
 ばつが悪そうにこっそりと小さな呟きの信号があたしに流れてきた。
 オンジュンがレディオスコープの電源を入れると、モニタ画面にはたくさんの影が映った。
「何これ? 何なの、一体!」
 あたしが叫ぶと同時に、オンジュンはレディオスコープに映し出された一つの影を追うようにプローブを操作した。
「残存生命体だな」
 オンジュンはそう告げると共に、スコープがその残存生命体を捉えた。
「流線型の、なんて美しい生命体なの!」
 あたしは思わずボルテージを上げてしまった。
 その生命体は、少し短めで太目の流線型で、先には尖った角のようなものが付いていて、胴体の両側にはフィンが付いていた。フィンの付いている辺りを境に上が黒、下が白のツートンに色分けされていた。そして、液体の中をまるで宇宙空間を自由に飛翔するコメット のように泳ぎ回っていた。
「大きさは一メルくらいか。このプローブに興味津々の様子だ。僕も実は初めてなんだ、残存生命体を発見したのは!」
 オンジュンが異常なほど興奮していた。大電流と高電圧があたしのサーキットに容赦なく流れ込んできたくらいだから。
「なんて美しいんだ」
「なんて美しいの」
 あたしとオンジュンはしばらく見とれていた。だけど、見とれている時間はそんなに長くはなかった。
 流線型の生命体はプローブに飽きたのか、レディオスコープに映る影が減っていき、スコープモニタも追従して確認することが出来なくなり、そして五ミニットもしないうちに影は一つもいなくなってしまった。


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