『南の島』

第二話・ふつーのキッカケ

 男一人に女二人の、友情なんて欠片すらない、それでいてギリギリ恋人未満という関係、それが俺と梢と茜の三人の関係だ。
 普通は女一人に男二人の関係が多いだろう。男の友情に女が入ってきて、なぜか不思議に二人の男はその女に恋愛感情を抱いて男同士の友情に亀裂が入るだの、女も実は片方の男に興味があって中に入り込んだんだけど、もう一人の方がヤケに気になって、どっち付かずの態度になるだの、友情も恋愛も最終的にはぶっ壊れて誰も居なくなるだの、だけど最後には三人で握手している不思議な光景が多かったりする。
 だが、俺を巡る梢と茜は完全に下心が有り有りだ。だってもう、二人のその態度や行動は「あからさま」だからだ。三人で海に行った時は、そりゃあもう凄かったから。
 そんな俺と梢と茜の三人は、同じ大学に通っている。だけど、梢と茜は別々に知り合った。

 茜とは、同じ学部の同じ学科で同じゼミ生。だから知り合ったのは一年生の時だ。だけど一年生の時から仲が良かった訳ではない。確かにゼミでは、レポートだのリサーチだのをいつも茜と組まされてやっていたから、茜と親密になる条件は揃っていたんだけど。茜は小柄でちょっとムチムチとしてて可愛いらしい感じだが、結構頭は切れる。ずい分と茜に学業の面では助けてもらってたりするから、無下なことも出来なかったりするのだ。
 茜との親密度が増したのは、二年生になる前の春休みに行われたゼミ旅行くらいからだ。いつもの如く、茜と組まされていろいろとやらされて、ゼミ旅行の打ち上げの飲み会の時には二人で幹事をやったんだ。そこで最後まで二人で飲んでいて、いろんなことを話したんだ。そのことがどうやら翌日から噂になって、ゼミの間では「二人は出来ている」ということになったらしい。俺は別にやましいことなんかしてないし噂をされても困る立場じゃないので放っておいたのだが、その噂に一番敏感だったのは当の茜だった。
「峻クン、迷惑掛けてゴメンね」
 しおらしく茜が俺に謝るのがまた可愛かった。
「別に俺は構わないけど。茜の方が困るだろ?」
 俺がそう聞き返すと、茜は言葉を発することもせずに顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 俺はその時に悟った。だから茜にこう言ってやった。
「茜が困らないなら、俺はこのままでもいいぜ」
 すると茜は俯いていた顔を上げてニッコリと笑ったのだ。
 それから茜と何となく、付かず離れずの関係が続いている。

 梢とは二年生になってから知り合った。
 うちの大学は不思議な行事があって、新入生を学内キャンパス全体で歓迎する会、その名もそのままなのだが『学内キャンパス恒例の新入生歓迎コンパ』ってのがある。その新歓コンパの実行委員は、二年生がやらなければならないのだ。その実行委員会のメンバーは、学部、学科、コース、ゼミのそれぞれから選出されることになっていて、俺はくじ運が悪くてゼミから選出されてしまったのだ。その新歓コンパ実行委員会の初会合の席で、隣同士だったのが梢だったのだ。
 梢は三人いる副委員長の一人に任命されて、渉外の仕事が担当だった。教授や助教、講師たちを回って寄付を集めたり、居酒屋の出店交渉や酒屋との打ち合わせなど、梢はそのナイスバディにスーツを着込み、一言二言の話をするだけで交渉が成立してしまう。梢の話術に感心させられたし、それ以上に「美人は得だなぁ」とその時にしみじみと思った。
 俺はその下で働くタダの実行委員の一人だったのだが、いつの間にか梢と二人でいつも歩き回るはめになっていたのだ。もっとも、いつも梢が俺を呼び出していたのけどな。
「峻クン、悪いんだけど今すぐに□△○まで一緒に来てくれない? これから交渉するから」
 梢の呼び出しはいつも突然だった。しかし、なぜかいつも俺が暇な時ばかりだったのが今でも不思議なことなのだ。
 そのうちに実行委員会の中で噂されるようになり、俺は何となく気分が良かった。賢い上に美人でナイスバディとくれば、そんな娘と仲が良いなんて言われるだけでも嬉しい。
 ところが、梢は噂だけで収まらなかった。というか、その噂を全面肯定するような行動を始めたのだ。「その件は、峻クンと私で実行します」だとか「私と峻クンとイベントの打ち合わせに出掛けてきます」とか、いつも俺と一緒にいることを公言し、実際にそれを実行するのだ。
 五月の下旬に『新歓コンパ』は開催され大好評のうちに終わった。しかしその後も梢は、何かと言って俺に連絡してくるのだ。俺は梢といる時の気分は全然悪くないので、いつも梢には出来る限り付き合うようにしている。

 六月終り、ゼミの授業が終わって暇だったから、茜とキャンパスのカフェテラスで香りも味も無いコーヒーをすすりながら駄弁っていた。
「今度、どっかに遊びに行かない?」と茜。
「いいねぇ」と俺は受け流す。
「それも二人だけで」と意味深な発言をする茜。
 その時だった。
「あーら、峻クンじゃない」
 そう言って梢は、俺と茜に割り込んできた。しかも俺の横に座って。差し向かいで喋っていた茜はビックリしたと同時に、かなりきつく梢を睨んだ。だが、梢はお構い無しに俺に話し掛けてきた。
「ずい分と親密にお話をしてた様子だけど?」
 梢も茜を睨み返していた。茜は引きつりながら、俺に訊いた。
「このヒト、誰なの?」
 俺は、慌てて茜に梢の紹介をした。
「こちらは梢さんと言って、新歓コンパの委員会でお世話になったんだ」
 間を置かずに梢に茜の紹介をした。
「こちらは茜さんと言って、同じゼミの同級生」
 二人はお互いに「ふーん」といった表情で俺を睨み付けていた。
「どっかへ遊びに行く話をしてたようですけど? それも二人っきりで、とかなんとか」
 梢は嫌味タラタラでそう言った。
「梢も一緒に行くかい?」
 俺は気安い発言をポロッとしてしまった。
「いいわね。私も行くわよ、峻クンが行くのなら」
 梢はそう言って俺に寄り掛かってきた。それを見た茜は焦って発言する。
「あ、あたしも行くわよ!」
 俺は面白がって更に増長した。
「それじゃあ、来週、七月の最初の日曜日に海にでも行くか?」
「賛成!」と言って右手を挙げる梢。
「あたしも賛成よっ!」と、茜はテーブルに両手をバンと叩き、立ち上がってそう言った。
「じゃ、俺が寿に車を借りて、朝七時に梢、七時半に茜を迎えに行ってやるよ」
 俺がそう言うと、二人は同時に歓喜の声を上げた。
「やったー!」
 急に嬉しそうになった二人は急に打ち解けた。
「あたし、まだ水着を買ってないわ」
「私もよ」
「今年はどんなのが流行なのかしら?」
「ペイズリー柄やチューブトップとか。あと、モノキニも流行みたいよ」
「へぇ、詳しいのね」
「そうでもないわ」
「来週なんて間に合わないわ」
「今日、買いに行かない?」
「あ、そうね。買いに行きます?」
「えぇ、いいわよ」
「それじゃ梢さん、一緒に行きます?」
「行きましょう!」
 俺は、女同士の会話に付いて行けなかった。
「あたし、梢さんと水着を買いに行きますね」と茜。
「じゃ、峻クン、茜さんと買物に行ってきます」と梢。
 二人は俺をカフェテリアに残して水着を買いに、さっさと行ってしまった。唖然として二人を見送った俺は、寿に電話をした。
「あ、寿? 悪いけど、お前のレガシーを貸してくれよ」
 
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