『南の島』

第七話・彼女とデート

 次の週末、俺は九十九里浜の海岸にいた。
 相変わらず海水浴に来ているのだが、俺は一人なんかで海水浴には来ない。もちろん、俺と一緒に居るのは梢でも茜でもない。別の女の子が今、海の家から戻ってきて横に座った。
「はい、かき氷を買ってきたわ。あなたは昔からブルーハワイなのね」
 そう言って、彼女は俺にスチロールのカップに入った青い色のかき氷を渡した。
「サンキュー」
 俺は受け取って直ぐにかき氷を頬張った。
「おー、ちめてー」
 慌ててかき氷を食べる俺を見て彼女が笑う。
「相変わらずの性格ねぇ。昔と同じ。全然変わってないわ」
 そう言って彼女は、ストローの先でかき氷を突っついた。
 彼女の名前は『瞳(ひとみ)』という名前で、俺の幼稚園の頃からの幼馴染だ。俺のことを良く知っている女でもある。俺の固執しない性格や、いつもイーブンな立場にいたがることなんかは全部ご承知の上だ。もちろん、少々女の子にだらしがないこともだ。だから、俺はいつも瞳の掌で踊らされているというか、俺が瞳のところに戻っていくというか、何とも不思議な関係であることは間違いない。
「久しぶりね、峻とこうして海に来るのは」
 瞳は遠い目をして言った。
「そうだな。ホント、そうだ」
 俺はかき氷を突っついた。
「デート自体もね」
 瞳は首を傾げて俺を覗き込んだ。
「峻の方から電話が掛かってくるなんて、珍しいこともあるのねって。うふ」
 俺はムキになってかき氷を突っついた。
 その様子を見て、瞳はまた遠い目をして言った。
「いいのよ、わたしは。いつでも待っているから」
 俺はかき氷を突くのを止めて、水平線を見た。瞳はそんな俺の仕草とは関係なく呟き続けた。
「わたしは峻のことを良く知ってる、昔から」
 瞳は視線を落として顔を伏せた。
「そして、わたしはそんな峻が好きなのよ、昔から」
 しばらくの沈黙の後、俺はかき氷をカップから直接口の中にかっ込んだ。
「うん、分かってる」
 俺がそう言うと、瞳は俺を向いて腕に手を掛けた。
「峻……」
 俺の名前を呼び、切ない表情で俺を見詰めてる瞳。俺は瞳の手を握り、瞳に向かってシッカリとうなずいた。それに対して瞳は笑顔を俺に返してくれた。
 俺はかき氷の容器をクシャッと握り潰した。
「さ、泳ぐか」
 かき氷を食べ終わって瞳に声を掛けた。
「うん」
 瞳はうなづいた。それを見て俺は、手を取って瞳を立たせた。瞳の手は細くて長い。凄く華奢な感じだ。立ち上がった瞳は相変わらずスレンダーボディでちょっと胸のボリュームが少なめだけど、決して悪くはないボディラインだ。顔立ちは小顔で、目はちょっと大きめ、鼻は小さくて、唇はちょっと厚いかな。全体に整っていて美人でもあり可愛くもある。髪型は少し栗色のショートカットボブ。前下がりじゃないからボリューム感はない。けれど、充分に知的な雰囲気を醸し出している。
 今日の瞳の水着は、ホルターネックのビキニで、柄はミントトーンのペイズリー、ホルターネックとバストアンダーがボーダーラインで、後からだと首と背中の結び目が見えているからボーダーの水着かと思える。ショーツのウエストにもボダーラインが入っていてウエストが引き締まって見える。
 手をつないで海の中へジャブジャブと入る。飛沫を掛け合いながら膝、腰と深くなり、ウエストちょっと上までの深さになった時に泳ぎ出した。付かず離れずの距離で泳いでいた俺と瞳だったが、瞳が俺に近づいてきた。
「深いとちょっと怖いわね」
 そう言って俺の腕を掴んだ。俺は空かさず瞳の腰に手を回して、シッカリと立ち泳ぎを始めた。
「大丈夫だって。俺がいるじゃんか」
 そう言うと、瞳は回した俺の腕に手を添えてから、俺の方を向いてうなづいた。
「うん。ありがと」
 相変わらず、瞳はスレンダーだ。瞳の腰に回した俺の腕は瞳の臍を越えて、瞳のこちら側の脇腹まで届いてる。
「相変わらず痩せてるなぁ」
 俺は思わず口にしてしまった。
「悪かったわね、ガリガリで」
 瞳はムスッとすねた。
「ダメだとは言ってないぜ」
 俺は慌てて訂正した。だが、瞳はピーンと来たらしい。
「何処の誰と比較してんだか」
 その言葉は俺にグザッと刺さった。
「図星でしょ」
 追い討ちを掛けるように瞳が言葉を発する。俺は必死で立ち泳ぎをした。
 瞳には分かったのだろう。俺があくまで瞳の言葉を無視する時は何かあった時だと悟っているから。
「何かあった訳ね。ふーん」
 瞳が上から目線でモノをいう。俺は、瞳の言葉を無視して瞳を抱えて立ち泳ぎを続ける。その様子に、瞳は最後の決め台詞で俺を畳み掛けた。
「また悪い癖が出たのねぇ。懲りないわねぇ」
 その言葉に俺は嘘をつき通すことが出来なかった。
「げふん、げふん」
 俺はつい咳払いをしてしまった。その様子を見て、瞳は勝ち誇ったように言った。
「峻の正直さも昔と全然変わってないのね。うふふふ」
 俺は立ち泳ぎに疲れてきた。
「瞳、もう海から上がるぞ。立ち泳ぎは疲れる」
 瞳はニッコリと笑いながら俺に返した。
「えぇ、いいわよ。ただし、このままわたしを波打ち際まで連れていってね」
 俺は瞳に言われなくても既に波打ち際へと、瞳を抱きかかえたまま泳ぎ出していた。

「そうなの、それは大変だったわねぇ」
 瞳は嫌味を含めつつ、俺を慰めてくれた。
「あぁ、まあね」
 俺は気のない返事をした。けれど、瞳は全然動じていなかった。動じていないだけでなく、その上でニコリと笑っている。
「それにしても積極的な女の子たちね」
 ニヤニヤしながら瞳が言葉を続ける。
「わたし、負けそう。……ってか、負けてるわね」
 瞳はうふふと笑った。
「若いって素晴らしいわね」
 俺は瞳の言葉に呆れた。
「おいおい、梢と茜は瞳と同い年だぞ」
 瞳はニッコリと笑った。
「あら、そうだったわねぇ」
 俺は瞳に『余裕』を感じた。だからこそ、瞳なんだなぁと。
「それで、どうするの?」
 瞳はちょっと真顔になった。
「どうするって、もう『バイバイ』だろ?」
 俺は視線を逸らして水平線を見た。
「そんなモノかしら?」
 瞳も海の方を見ていた。
「そんなもんだよ」
 俺は顔を伏せた。
「この一週間、二人からの連絡は無かったの?」
 瞳は俺を心配そうに見た。
「あぁ、梢も茜も全然、連絡してこなかったよ。もっとも大学は休みだから梢とも逢わないし、ゼミも再来週までは無いから茜と打ち合わせることもないしね」
 俺も真顔で答える。
「ふーん、そうなの」
 瞳はどこか空々しい話の仕方だった。
「俺の言うことが何か、違ってるのかい?」
 俺は瞳の答えが気になったので疑問をぶつける。
「さぁ、どうかしら」
 意味深な台詞を吐いて、瞳は俺の肩にしな垂れた。
「なんだよ、その態度は」
 俺はニヤケながら背中側から手を伸ばして、瞳の肩を抱いた。

 ジリジリと砂浜を焼く日差し。
 それを避けるように立てられたビーチパラソル。
 その影の中で俺と瞳は肩を抱き合っていた。
 二人は黙って打ち寄せる波の音を聞いていた。
 そして、マリンブルーとスカイブルーの境目を見詰めていた。

 ずい分長い時間が経過したように思うけれど、そうでもなかったかもしれない。
 突然の携帯電話の着信音がこの心静かな状況を、すっかり御破算にしてしまった。
 
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