鬼島津ネット・「Dan_Qei's Novels」
『リア充しましょ』 第七回夏祭り競作参加作品
 
002「盆踊りのあと」 【大坪 沙紀と陸 慎佑の場合】
  
 大丈夫かな?
 着崩れとかしてないよね?
 おはしょりとか襟元とか。
 今日は文庫結びに挑戦してみたんだけど、どうかなぁ?
 白地に赤い大輪の薔薇が染め抜かれた浴衣に薄青の帯を締めて。
 初めての浴衣じゃないけれど、何となく気になるの。
 どうしてそんなに気にするのかって?
 だって。
 だって、今日はあのヒトに逢うんだもの。
 あ、あのヒトって言っても恋人じゃないの。
 ううん、まだ友達でもないわ。
 ただ、わたしが憧れてるだけ。

 私が憧れているのは「陸 慎佑(おか しんすけ)」というヒト。
 そのヒトはラジオをやってるの。
 ラジオっていっても電波のラジオじゃないのよ。
 いわゆる「ネットラジオ」ってヤツ。
 週に一回、ネットにアップされるMP3音源のラジオよ。
 音楽の話や映画の話題、小説の紹介とか、話題が豊富なの。
 最初にいつもコントをやってくれて、それが面白いし。
 時々ボイスドラマもあって、その脚本も自分で書いてるんだって。
 でも、一番素敵なのはその声。
 七色の声よ、アレは絶対!
 二枚目の役は当然だけど、三枚目の役も素敵だわ。
 だから、わたしはラジオがアップされる火曜日がいつも待ち遠しくて。
 毎日が火曜日だったらいいのにって。
 そう思ってたりして。
 てへ。

 先週のラジオでこんなことを言ってたの。
 来週の土曜日に○○○町の盆踊りに出演しますって。
「え? え? 何で盆踊りなの?」
 わたしはビックリしたわ。
 でも、すぐに種明しして、盆踊りの音響のお手伝いなんだって。
 商工会の青年部に友達が居て、無理矢理に頼まれたとか。
 そうよね、盆踊りでラジオをやってもねぇ。
 いやいや、そうじゃないってば!
 わたしが驚いたのはそこじゃないの。
 ○○○町の盆踊りの部分。
 だって、それって私の隣町なんだもん。
「そんな身近に住んでいたの!」って。
 それはそれはもう驚いちゃったのよ。
 もうこれは参加しなきゃ!
 絶対、絶対、行かなきゃって。
 そう思ったの。

 でもね、こういう時に限って仕事が遅くなっちゃうし。
 それに、浴衣の着付けに手間取っちゃったし。
 おまけに、夕立に降られたから駅で待ちぼうけしちゃったし。
 だから、盆踊りが始まってもう一時間半くらいが過ぎちゃってた。
 ホントは始まる前から来たかったんだけど。
 仕方がないわ。
 わたしは、夜店や出し物を冷やかしながら会場を一周してみた。
 だけど、音響らしいところは見付からない。
 どうやら、盆踊りの中心、やぐらの下に居るみたい。
 わたしは、他人の踊りを真似しながら踊りの輪の中へと。
 やぐらに張られた紅白の幕のすき間から見えるヒト。
 数人のおじさんに紛れて若い男の人が二人ほど居る。
 あー、どっちのヒトかな?
 気になる、気になる。
 だけど、わたしは陸さんを見たことないから。
 小柄なヒトだとは聞いていたけど。
 幕の間からチラチラ見えるだけで、背が高いか低いかまでは判んないわよぉ。

 どうしよう。
 どうしたらいいの?
 やっぱり、盆踊りが終わるのを待つべき?
 待つべきよね。
 でも、陸さんは仕事だもん。
 後片付けとか。
 撤収とか。
 機材収納とか。
 そんな時に邪魔しちゃダメだよね。
 でも、でも……。
 そんな風に悩みながら踊ってたら九時を回ったみたい。
 盆踊りは終りを告げちゃったわ。
 青年部の部会長さんが恭しくお礼の挨拶をしてるもん。
 すぐに閑散としてきた会場。
 スタッフさんがテントとかやぐらや機材の撤収を始めている。
 あわわわ。
 どうしたらいいの、わたし。

 わたしは意を決したの。
 そして、やぐらを見据えた。
 わたしはドキドキする胸に手を当てて。
 紅白の幕が外されたやぐらに近づいた。
 そして、おもむろに訊いた。
「あのぅ、陸 慎佑さんっていらっしゃいますか?」
 気絶しそうだった。
 心臓が止まりそうだった。
 自分でも信じられなかった。
 そんなことをする自分が。
 だけど、事実は簡単だった。
 手を挙げて返事をしながら、私に近づく男が一人。
 あ、聞き覚えのある声。
 あの声よ!
 陸 慎佑さんの声だわ。
 確かに身長は小さいわね。
「あ、あの。わたしは『大坪 沙紀(おおつぼ さき)』って言います!」
 わたしの言葉に首を傾げる陸さん。
「わ、わ、わ。本名だったわ。えーっと『チョコ』です。いつもラジオを聴いてます」
 そう言うと、陸さんは手を打ってうなずいてくれたわ。
「そうです、そうです。その『チョコ』です」
 わたしはすっごく恥ずかしくなっちゃって。
 この場を取り繕おうと思い付いた言葉が口から出ちゃった。
「いつもバカなコメントばっかりしてすみません」
 いやん。
 沙紀の馬鹿!
 変なこと、言っちゃうんだから。
 でも、陸さんは笑ってコメントのお礼を言ってくれたの。
 陸さんがあと十分くらいで撤収が終わるというので、待つことにしたわたし。
 ホントに十分で陸さんは来てくれた。
 会場の入り口にあるベンチに座っていたわたしのところに。
「ごめんなさい。急に押しかけちゃって」
 わたしは何となく謝りたかった。
 迷惑だろうと思ったから。
 だけど、陸さんはそんな顔もしなかったし、言葉も優しかった。

「え? ホントに来たのは、わたしだけなの?」
 ラジオのコメントではみんな、行く行くって言ってたのに。
 またまた急に恥ずかしくなっちゃったわたし。
 心の中を見透かされたような気持ちがして。
「わたし、大胆でしたよね。ちょっと恥ずかしいです」
 そう言うと、陸さんはちょっと悲しげな顔をした。
 そして、僕は人気がないし、モテないし、と寂しげに言う陸さん。
「そんなことは全然無いです! 充分に素敵です!」
 思わず、わたしは力説してしまった。
 そして、自分の言った言葉に赤面していた。
 でも、わたしは言い切った。
「わたし、本気で本当にそう思ってますから」
 そう言ったわたしは、思わず走り出しそうになったの。
 だけど、陸さんが腕を掴んでそれを制した。
 そして、優しい笑顔を見せてくれたわ。
 だから。
 だから、わたし。
 わたし、陸さんに抱きついちゃったの。
 陸さん、ビックリしてた。
 でも、優しく受け入れてくれた。

「また、逢ってくれます?」
  別れ際に、わたしは陸さんに訊いたの。
  そしたら、陸さんは大きくうなずいてくれたわ。
「わたしのために、ですよ?」
 わたしは、更に念を押したの。
 それでも、陸さんは大きくうなずいてくれたわ。
「それじゃあ、またね」
 わたしは大きくて振った。
 陸さんも両手を振ってから機材を積んだトラックに乗り込んだ。
 そして、わたしはトラックを見送ったの。
 ニソニソと、そしてニヤニヤとしながら。
 だって、わたしはシッカリと握ってたから。
 右手の中に『陸 慎佑の携帯電話番号』が書かれた「メモ」を。
     
 
夏祭り
第七回夏祭り競作企画

なろう
小説家になろう・壇 敬・マイページ

アルファポリス