鬼島津ネット・「Dan_Qei's Novels」
『リア充しましょ』 第七回夏祭り競作参加作品
 
003「炎天下のオープンカー」 【井口 彩と前海野 芳樹の場合】
  
 さんさんと降り注ぐ太陽。
 影が段々と短くなる。
 いくら風が吹いているとはいえ、汗が肌を伝う。
 なんで、こんな炎天下で待ってないといけないのよ!

 ジェットブラックのスポーツサングラス。
 オレンジのタンクトップの上に、グレーのシンプルルーズTシャツ。
 ライトカーキでロールアップしたハイウエストショートパンツ。
 チャコールのシンプルエスパドリーユ。

 カッコよく決めたあたしだけどさ。
 もう待ちくたびれたわ。
 予想はしていたけれどさ。
 やっぱり、カチンと来るわ。

 あたしはスマホを取り出した。
「やっぱり電話に出ないわねー」
 あたしはテンコールした後、スマホの通話停止を力一杯にタップしちゃったの。
「あの野郎、完全に忘れてるわ!」
 愛車の「MINI クーパー コンバーチブル ハイゲート」に寄り掛かっていたあたし。
 サッと身体の向きを変えて運転席に乗り込んだ。
 エンジンをスタートさせたあたしはクラッチを踏み込む。
 素早く一速に入れてアクセルを開ける。
 前輪を一瞬キュッと鳴かせて勢いよく発進した。
「絶対に寝てやがる!」
 あたしは歯ぎしりをしながら呟いた。
 コンバーチブルが巻き込む走行風があたしの長い髪を激しくなびかせる。
 真っ黒なサングラスに隠れている、あたしの目はもう笑ってはいないわ。
 小気味良く二速、三速、四速へとシフトアップする。
 微妙なシグナルタイミングで交差点を駆け抜けていく黒のMINI。
 あの野郎のマンションまでのルートは完璧よ、そのシグナルタイミングまでね。
 本当は六速までシフトアップしたいけれど、そこまでは無理。
 なにせ、あの野郎のマンションまでは紆余曲折だから。
 坂が多いからアップダウンが激しいし。
 とにかく、一刻も早くあたしは辿り着きたいのよ。
 あの野郎を起こすために。

 あたしはゆっくりとサングラスを外す。
 そして、にこやかな表情を作る。
「こんにちは」
 あたしは幸せそうな満面の笑みでマンションの管理人に声を掛けた。
 すると管理人は笑顔で応えてくれて、管理人室の奥へと消える。
 そして、すぐに受付に戻ってきて「どうぞ」と再び笑顔で答えてくれた。
「ありがと」
 あたしはウインクをしてエレベータへと向かった。
 もう既に管理人とは気心が知れてるのよ。
 何も言わなくてもオートロックを解除してくれるわ。
 優しいオジサマなの。

『五〇三・前海野 芳樹』
 そう書かれた表札のドアを開ける。
 程々に片付けられた玄関を駆け上がりリビングへと進む。
 もう間取りは充分に熟知してるわ。
 もっともワンルームマンションだから間取りも何も無いけどさ。
 リビングの奥、パソコンの前で寝落ちしている男を発見。
 この男が表札にあった「前海野 芳樹(まえうみの よしき)」だ。
 あたしは怒りを抑えきれず、後ろから思いっきり頭を叩いてやった。
 すると、支えていた腕から頭が落ち、キーボードでしこたま顔を打ち付けた。
 悲鳴を上げて、後ろを振り向く芳樹。
「お・は・よ・う・!」
 あたしは嫌味いっぱいに大きな声で挨拶してやったの。
 芳樹は不機嫌そうに「彩(あや)はいつもそ……」って、あたしに文句を言い始めた。
 けれど、その途端にハッと気が付いたみたい。
「ふふん、思い出したのね」
 芳樹はコクンコクンとうなずいて、急に態度が軟化したわ。
 慌てて着替える芳樹を、あたしは腕を組んでジッと見ていたの。

 芳樹があたしのコンバーチブルの助手席に座ると同時に、あたしはMINIを発進させた。
 マンションの地下駐車場から出ると、急に芳樹がギャーギャーと騒ぎ始めたの。
 太陽の光が眩しいだの。
 日差しが強くて溶けそうだの。
 紫外線が肌を刺すだの。
 日焼けして真っ赤になるだの。
「能書きだけは一人前ね」
 だいたい、夜中までネットゲームをしてるからでしょ。
 仕事だって冷え切ったサーバールームでメンテばっかりしてるんだし。
 おまけに酒ばっかり喰らってるし。
 あたしが最後まで面倒を見てるじゃないの。
 少しは健康的な生活をして欲しいわ。
 それに、いつまでも恋の古傷を大事にしてるんじゃないわよ。
 どうしてあたしに気付かないのよ!
 アレコレと頭の中を駆け巡るけど、一言だけにしたわ。
「うるさいわよ! 静かにして!」
 そしてムラムラと怒りが込み上げてきて、信号が青に変わった時に急発進してやったわ。
 そしたら、芳樹の奴、ちょっとビビッたみたい。
 それからは少し静かになったわ。

 しばらく市街を走って、海沿いのルートに乗った。
 心地良い風と潮の香りが気持ちいい。
 芳樹も海を見てキレイだと呟いてたわ。
 海岸線が白いビーチに変わり、海水浴場が見え始めた。
「ねぇ、海で泳がない?」
 困惑する芳樹だったけど、拒む言葉は出てこない。
 っていうか。
 あたしには逆らえないわよね、うふふ。
 あたしは芳樹の返事など聞かずに、海の家の駐車場にターンシグナルを出していた。

 ちゃんと用意して来てるわよ、水着。
 芳樹の分もね。
 白の素材に黒いステッチラインがポイントのビーチパンツ。
 なかなかカッコいいわ。
 あたしの水着は、白と黒のボーダーパターンの三角ビキニ。
 芳樹が目のやり場に困ってた。
「どこ見てんのよ!」
 そう言って芳樹をからかったら、ドギマギして下を向いてたの。
 可愛かったわ、うふふ。

 お昼を多少過ぎてたから、帰り支度の海水浴客とすれ違い。
 空き始めた感じが微妙にいい。
 それぞれが焼きそばとカレーを食べたけど、かき氷は一緒に食べたわ。
 そして手をつないだまま、海で泳いで。
 陽に合わせてビーチパラソルを傾けて。
 あたしが笑うと芳樹も笑う。
 これ、ちょっと恋人気分じゃない?
 いいわぁ、うふふ。

 かなり陽が傾いて、空はオレンジに、海はネイビーに。
 あたしと芳樹も帰り支度を始めた。
 あたしはシックなブラックのフローラルパターンにチューブトップのワンピースに着替えた。
 だって、日焼けして肩が痛いんですもの。
 芳樹は真っ白のTシャツにジーンズ。
 来た時と同じだけどね。
 ハイゲートの助手席に乗った芳樹に、あたしは訊いた。
「ねぇ、もう少しドライブしない?」
 答えを渋るかなと思ってたら、意外と素直にOKしてくれた芳樹。
 思わず、芳樹にニッコリするあたしだった。

 しばらくは海沿いの道を走って、ワインディングロードへと。
 トントントンとシフトのアップとダウンを繰り返すあたし。
 シートにしがみ付いて横Gに耐える芳樹。
 海の見える展望駐車場に車を止めた。
 水平線に沈む太陽。
 かなりダークになった海。
 夕陽のオレンジ色に映える山の緑。
 風景はキレイだけど、車を止めた途端に暑さが立ち込めた。
「この暑さは何なの? 風が吹いてないのね」
 あたしが文句を言うと、芳樹が説明してくれた。
「へぇ、夕凪っていうの」
 あたしがその叙情に納得して浸っているのに、芳樹は盛んに「帰ろう」を連発する。
「んもう! そうやって雰囲気をぶち壊すんだから!」
 あたしはプイと横を向いたけど、強引過ぎるのがあたしの悪い癖。
 思い直して芳樹に声を掛けた。
「分かったわ。帰りましょ」
 あたしは、トボトボと車に戻ったわ。
 そして、運転席に座ってボソリと呟いちゃったの。
「結局、腐れ縁だけなのね……」
 その時、芳樹はあたしの頬にキスしてくれた。
 あたしは思わずキスしてくれた頬に手をあてて芳樹をジーッと見つめたわ。
「え? な、なに?」
 あたしの言葉に芳樹は応えず、ただニコニコとしていた。
「うふふふ」
 あたしもニコニコしちゃった。
 イグニッションをオンにしたあたしは素早くクラッチを踏む。
 スコンと一速に入れてアクセルを開く。
 前輪をキュルキュルと言わせて勢いよく発進させた。
 引きつった顔の芳樹が、助手席でシートにしがみ付いていた。
 安全運転を懇願する芳樹に、あたしは悪戯っぽく舌をチラッと見せた。
「嬉しくて、つい気合が入っちゃったわ。うふふ」
     
 
夏祭り
第七回夏祭り競作企画

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