鬼島津ネット・「Dan_Qei's Novels」
『リア充しましょ』 第七回夏祭り競作参加作品
 
004「夏休みの大学」 【佐倉 侑花と和喜洲 武洋の場合】
  
 今日はなんて暑いのかしら。
 こんな日に夏期講習とは。
 しかも午後からだなんて!
 全くついてないわ。
 大学のキャンパスのこの石畳の照り返し、なんて熱いのよ。
 スタイリッシュなコンクリートの校舎も白く眩しく日差しを反射させてる。
 やたらと緑が多いキャンパスだから、蝉の鳴き声が喧しいし。
 おまけに夏休みだから、行き交う学生も少ないし。
 だから、今日は出会わないかも。
 和喜洲先輩に。

 和喜洲先輩、和喜洲 武洋(わきす たけひろ)さんは同じ大学の四年生。
 だから、今は就職活動で忙しいみたい。
 実は私、佐倉 侑花(さくら ゆか)と和喜洲先輩とは三歳違いの幼馴染。
 そして、私にとって和喜洲先輩、いや武洋お兄ちゃんは憧れの人。
 小学校の頃、ううん、小さい頃だわ。
 カッコよくて、頭が良くて、素敵だったの。
 中学はすれ違い、高校もすれ違いだし、違う学校だった。
 だから、その頃の様子は全然分からないけれど。
 私はオープンキャンパスで知ったの。
 武洋お兄ちゃんのままで、変わってないことを。
 今でも、カッコよくて、頭が良くて、素敵だった。
 その憧れだけで、私はこの大学を選んだ。
 全ては武洋お兄ちゃんを慕う、その気持ちだけ。

 やっと、和喜洲先輩と同じ大学に入って。
 そして、和喜洲先輩と同じサークルに入って。
 けれど、和喜洲先輩は私を幼馴染以上には扱ってくれないの。
 同級生の美知(みち)の方が仲の良さそうな感じになってたわ。
 ちょっと悔しかった。

 そのうちに、和喜洲先輩に関するサークルの先輩の話や同級生の噂を聞いた。
 どうやら、和喜洲先輩はロリコンだということらしいの。
 なるほど。
 確かに美知はおぼこいわね。
 だから私は、髪の色を黒くし、化粧も殆どしなくなり、洋服も子どもっぽくした。
 身長は元々小さかったしね。

 最初は、このロリロリなスタイルに自分自身は抵抗があったわ。
 だけど、和喜洲先輩が気安く声を掛けてくれるようになったのよ。
「侑花ちゃん、昔から変わらないねぇ」って。
 それからは、侑花ちゃん、侑花ちゃんって頻繁に声を掛けてくれる。
 ちょっと複雑な気持ちだったけど、和喜洲先輩の笑顔を見せ付けられたら……。
 結局、私は甘んじてしまったのよね。

 退屈な夏期講習が終わった午後の四時。
 校舎の中は緩く冷房が効いて、何度となく眠気に誘われたわ。
 話を聞いているだけでも、もう拷問。
 それに嫌いな講師だったし。
 内容はもちろん面白くないし。
 やっと解放されて教室を出る。
 ダラダラと休憩室の前を通った。
 すると、リクルートスーツの学生が目に入った。
「あれ?」
 私は目を疑った。
 自販機の並んでいる休憩室で、カップのアイスコーヒーを飲んでいるのは!
 まさかの和喜洲先輩だった。
 私は思わず声を掛けてしまった。
「和喜洲先輩ではにゃいですか! どうしたんれすか?」
 それも大声で。
 しかもロリ声で。
 更にロリ喋りで。
 だけど、和喜洲先輩は笑って手を振ってくれた。
 私が駆け寄るといつも頭を撫でてくれる和喜洲先輩。
「スーツが決まってて、カッコいいですわよん」
 私がそう言うと、珍しく和喜洲先輩は顔を曇らせた。
「どうしたんですか? 何かマズイことを言いました?」
 私が困った顔をすると、和喜洲先輩は首を横に振った。
 どうやら、スーツはリクルートスーツで企業面接を終えてきたとのことだった。
 しかし、どうも感触が良くないらしくて就職課に相談しに来たのだという。
「大変ですねぇ」
 そう言うと、私は和喜洲先輩に頭をペチとされた。
「あぁ、なるほど。確かに私も三年後には……」
 私も神妙な顔をしたつもりだった。
 だけど、それを見た和喜洲先輩はケラケラと笑った。
「どうせ、私は緊張感が無いですよーだ!」
 思いっきり舌を出してやったら、和喜洲先輩は更に笑って応えてくれた。

「ねぇ、先輩?」
 私は絶妙なタイミングで和喜洲先輩に問い掛ける。
「先輩はずーっと就活してるんですよね?」
 和喜洲先輩はカップコーヒーを飲みながらうなずく。
「最近は全然、息抜きしてないんでしょ?」
 私の質問に只うなずく和喜洲先輩。
「息抜きに、私と海とかに行きません?」
 私はスラッと軽い口ぶりで、そのくせ大胆な言葉を吐いた。
「あ、無理にとは言いませんけどね」
 シッカリと着地点を軌道修正する発言も付け加えておいた。
 その間、私は和喜洲先輩を注視し続けてたわ。
 和喜洲先輩のいかなる反応も見逃さないように。

 私の最初の言葉で和喜洲先輩の動きが確実に止まったの。
 そして、私の次の発言で和喜洲先輩の目が確実に私を捉えていた。
 沈黙の時間が流れた。
 和喜洲先輩の持っている紙コップが微妙に震えている。
 私はそれを見逃さなかった。
 私は一気に畳み込んだわ。
 最後の一言を一気に。
「先輩とデートがしたいんですぅ……」
 私の大胆さもさすがに続かないわ。
 ここまでだった。
 一言の最後はちゃんと言い切れたかどうかは疑問ね。
 それに、俯いちゃたから和喜洲先輩の反応も窺えないし。

 さっきよりも長い長い沈黙の後。
 テーブルの上に置いていた私の左手に温かくて大きなモノが重なった。
 私はビックリして左手を見ると、それは和喜洲先輩の手だった。
 そして更に頭を上げて和喜洲先輩の顔を見た。
 にこやかに笑っている和喜洲先輩がそこに居たの。
 私は思わず声を出してしまった。
「え、ホントに?」
「ホントに本当にホントですか?」
「本当にデートしてくれるんです?」
 早口で捲くし立てる私に、ゆっくりとうなずく和喜洲先輩。
 そんな和喜洲先輩にニッコリと笑う私。
「嬉しい」
 え?
 なに、なに?
 就活の疲れが吹っ飛びそうって。
「先輩も嬉しいんですか?」
 静かにうなずく和喜洲先輩。
「私も今のことで夏期講習の辛さが吹っ飛びました」
 私はスッキリとした笑顔を和喜洲先輩に向けた。
 和喜洲先輩と会話した時から夏期講習のことなんてスッカリ忘れたけどね。

 校舎の出口まで、和喜洲先輩と並んで歩いてきた。
 外はシトシトと雨が降っていた。
「喜雨かな?」
 私の呟きに、難しい言葉を知ってるんだと和喜洲先輩が感心してくれた。
「えへ。それくらいはね。……あ、傘を持ってないわ」
 すると、和喜洲先輩はカバンから折り畳み傘を出して不気味に笑ったの。
「え! もういきなり相合傘ですか!」
 ドキドキする私。
「しかも小さい折り畳み傘! 肩を寄せ合わなければ!」
 私はなぜか興奮してワクワクしてた。
 傘を差す和喜洲先輩が私を呼んでる。
「はーい、今、行きまーす」
 私の心は喜雨とは反対に晴れ渡っていた。
  
 
夏祭り
第七回夏祭り競作企画

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